
前回は
「他人の欲望を埋める役割 」
を手放した話を書きました👇
前回の記事のように
子供達の生態を観察してると
色んなことに気づけますが
今回もそんなお話です。
私には小学3年生の甥っ子と
保育園児の姪っ子がいるのですが
この二人はいつも争っています。笑
どちらの方が
youtubeを観てる時間が長いだの
ママのお膝に座る時間が長いだの
とにかく「相手ばかりズルイ!」
とすぐに喧嘩になるんですね。
ママやパパの取り合いや
おもちゃの取り合い
youtubeやTVの取り合い
エトセトラ、エトセトラ...
自分がしてることより
相手がしてることの方が
よく見えるらしく
「僕が最初に使ってた!」
「これは私のだった!」
と奪い合いが起こるんです。
それを大人たちが
「高い高いしてあげようか?」
「お菓子買ってあげようか?」
となだめたり
「もう喧嘩しないよ!!!!」
と怒ったりするのが世の常。
怒っても、お菓子あげても
高い高いや抱っこをしても
次の瞬間には
「高い高いズルイ!」
「抱っこしてもらってズルイ!」
と、奪い合いの無限ループです。
このエンドレス泥沼合戦に
終止符を打てる救世主はおらず
ひたすら繰り返すしかありません。
「ズルイ!」が止まらない私たち
でもね
人の人生の方がよく見えるとか
あの人ばかりズルイなんて
大人でもあるなと思うんです。
私も一人で仕事するようになって
「あの人は一人で仕事してるけど
旦那という収入の柱があるから
楽できていいよね 」とか
「あの人は私より経験が浅いのに
"私より" 価格を高く設定してて
それはどうかと思うよ?」とか
つまりは
自分より楽してるように見えたり
自分よりいい思いしてる人に対し
「ズルイ!」と思っていました。
周りを見渡せば
自分のアイデアをパクられただの
自分の恋人を横取りされただの
「あの人は楽しててズルイ!」
「このずる賢い、女狐め!!」
と怒り狂ってる人が多いこと。
「他人が羨ましい」「ズルイ」
と隣の芝生がよく見える現象と
甥っ子と姪っ子の泥沼合戦には
何か違いがあるのでしょうか?
私には同じに見えました。
私は、ある時から
「この世には大人という皮を被った
思春期拗らせ人間しかいない」
と思うようになっていました。
おばちゃんも、おじいちゃんも
どこぞのスパダリイケメンさえも。
でも違ったのです。
私たちの正体は
「大人という皮を被った幼稚園児」
だったのです。
インナーチャイルドを癒すどころか
もうすでにチャイルドなのです。
他人の方がよく見えたり
奪ったり、奪われたり
僻んだり、妬んだり。
それに気づいた時
同じ幼稚園児のくせに
子供を導こうとしてる自分が
すごく滑稽に思えました。
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